【マンガで解説!】プリンス・オブ・ウェールズの称号のはじまり

イギリス

こんにちは‼︎おじゅきです。

英国チャールズ皇太子の紹介でよく「プリンス・オブ・ウェールズ」という称号をよく耳にしませんか?実は歴史のある称号になっています。

それを今回、新たな試みで簡単なマンガで解説してみようかなと思います。概要をマンガで、細かな内容を文章から見ていただけると嬉しいです。

ちなみにマンガ読んだだけでも、わかっていただけるようになっていますのでお時間のない方はマンガだけでも大丈夫ですよ!

マンガ解説|英国皇太子がプリンス・オブ・ウェールズが呼ばれるようになったわけ

エドワード1世のウェールズ併合

当時のイギリスは複数の国に分かれていました。今でも、イギリスは連合国なのでそれぞれ違う国という意識が国民の中であるのですが、13世紀ごろはよりしっかりとそれぞれ違う国として分かれていました。

そんな中、エドワード1世はウェールズの侵略を行います。戦いの中、当時ウェールズを収めていたウェールズ公(プリンス・オブ・ウェールズ)が病気で亡くなってしまったのをきっかけにウェールズを併合します。これが1282年になります。

おじゅき
おじゅき

ちなみにウェールズはお城とかが多くあるので、ぜひ行ってみたいところ!!

コッツウォルズと一緒の観光ツアーとかもよく見かけます!

ウェールズ民の独立心と息子への称号授与

ウェールズを併合したは良いものの、ウェールズ民は独立心(アイデンティティ)がとても高かったといいます。実際、併合によるイングランド人への同化というものはうまくいかず、逆にウェールズに行ったイングランド人がウェールズに同化してしまうほどだったそう。

エドワード1世はそこで、1301年に自分の息子であり将来のエドワード2世に「プリンス・オブ・ウェールズ」という称号を授けます

当時は、称号を与えたことがウェールズを併合したお祝いみたいな側面もあったようなのですがウェールズ人の独立心というのを収めうまく従ってもらうためのエドワード1世のアピールでもありました。

当時、プリンスというのは「第一人者」という意味でした。ウェールズで生まれた息子エドワード2世を「ウェールズの第一人者」としてウェールズ人の乳母、ウェールズで育てるということをエドワード1世は行いました。

次期国王が、「ウェールズ人の乳母に育てられた、ウェールズ生まれ、ウェールズ育ち」となったわけです。そうすると、ウェールズ人は従ってやってもいいかという心理が生まれます。

プリンス・オブ・ウェールズの称号授与により、ウェールズ人の独立心を押さえていったのです。

プリンス・オブ・ウェールズの称号授与が慣習へ

1301年のエドワード2世への授与以来、次期国王となる王子に「プリンス・オブ・ウェールズ」を授与することが慣習化されます。

今のチャールズ皇太子も、この「プリンス・オブ・ウェールズ」の称号を持っています。もし、チャールズ皇太子が国王へ即位した場合は、ウイリアム王子にこの称号が引き継がれていくことになります。

1301年からなので700年以上も長い歴史がある称号になります。そう思うとなんかロマンを感じてしまうのは私だけでしょうか笑

おじゅきが持つコレクション
右がチャールズ皇太子結婚記念のスプーン
羽の紋章はプリンス・オブ・ウェールズのもの

最後に

ちょっとした豆知識みたいな感じで紹介してみました。楽しく読んでみてくれたら嬉しいです。

イギリスみんな大好きになっていってね〜❤️

おじゅき
おじゅき

ばいばーい!

コメント